西海岸の香り
この曲懐かしい これを聴いてHIPHOP聴くようになったから カッコ良かった
z
zeebraのは単純な英語劣化版というかんじだが古谷健司のは割と気にならない。本物のを聞いてると黒人じゃなくて英語も使わなきゃラップで勝てる訳ないと思うけどそこんとこうま?く不自然な感じしないようにやってのけてる。
原曲の歌部分をラップにかえただけのような曲がアメリカでもいっぱいあるのを考えれば、原曲の匂いをほとんど感じさせないこの曲作りは極めて良心的。
今考えてみると90年代後半くらいの時の日本はアーティストもリスナーも結構質が高かったんだなぁとおもつた今日この頃。
名曲
Dragon AshはHIPHOPじゃないなどと、意味のないジャンル分けで 中傷する人が多いが、この曲は個人的に名曲であると思う。 HIP HOPをどう捉えるかは個人の考えによるが、人をただ罵倒し傷つけるなどアメリカのHIPHOPの暴力的な側面のみを本質と捉え、それを判断基準とするのはいかなるものだろうか? もともとHIP HOPは、RAPの多様性や歌の社会性に鑑み、マイノリティーである黒人が差別反対等のメッセージ性をこめ、そこに暴力性は伺えるものの、平和や平等と言ったものが根本にあるように私はおもう。 そういうメンタルな部分さえ考慮すればDragon Ashの伝えようとしてることもまた同じ構造なのではないのだろうか。 と、少し本題からずれてしまったがトラック、歌詞共に 若さゆえの未熟さがあるものの、そこがまた試行錯誤を繰り返す若者の葛藤を表現していて良曲である。ただ、話題になってるサンプリングはやはり許可を取るべきであっただろう。 また、某HIPHOPアーティストなどとの一連の喧騒によって、自らの音楽性を変えるようなことは、その圧力の強さや執拗な罵倒にも耐えてでも、やめて欲しかったとは思う。
オレンジレンジの先駆者
クレジットのどこにも"William Corgan"の名が無く、またキーも変えている物を果たしてサンプリングと呼べるのでしょうか?向こうの許可は無く、また一銭のお金も渡らないというのに 今オレンジレンジがパクリで世間を騒がせてますが、パクリでもなんでも(サンプリングやリスペクトという言葉と共に)売れればいいって流れを作った決定的な曲じゃないかな、と思います
Dragon Ashの功績
当時小学6年生だった俺に強烈なインパクトを与えたロックバンド、Dragon Ash。一般にミクスチャーと呼ばれる"ヒップホップとロックの融合"に挑戦しJ−POPシーンを席巻していた偉大なるバンドである。数年前までミクスチャーといえば重く金属的というイメージが定着していたのに対し、kjという才人はオルタナティヴ・ロックという日本人にとって馴染み易くまた洋楽チックでカッコイイものと絡ませ、それを最高の音楽に昇華させた。その創作感覚にはある種、野心的なものも感じる。 kjが日本音楽にもたらした"革命"がいかに多種多様性に富んだJ−POPたるものを変えたか、今なお我が物顔で業界を闊歩している多数のDragon Ashのフォロワーがそれを物語っている。正にDAの前にDAはなく、DAの後にもDAはないのである。そのなかでもこの曲は、Dragon Ashの代表曲であり、DAの革命の軌跡だ。「愛を糧に日々を生きていこう」というメッセージが強烈に鼓膜に焼き付けられ、kjの青春絶対肯定ポジティヴリリックここに極まれり、といった感じだ。 また、この曲のイントロそして全編に渡り使われている印象的なリフはアメリカのオルタナティヴ・ロック・バンド、Smashing Pumpkinsの「Today」という曲のイントロをサンプリングしたものだ。スマパンはkjがリスペクトしているバンドのひとつなので、一種オマージュ的なものなのだろう。 いまさら言うまでもないだろうが「サンプリング=パクリ」ではない。そこを勘違いしている人が今もいて、Life goes onのパクリ問題に肖って「Grateful Daysもパクリ」と槍玉にあげられることがあるが、それはとんでもないマチガイである。言うまでもなく勉強不足である。 とにかくこの曲は90年代の日本音楽史に永久に刻まれるべき大名曲だ。Check'it!!!
ビクターエンタテインメント
Garden Life goes on Summer Tribe Deep Impact Let yourself go,Let myself go
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